多縁・連帯社会とは
職業選択の自由や移動の自由によって、伝統的な血縁社会や地縁・職縁社会の強制的なルールは通用しなくなった。
職場が気に入らなければ、どんどん職を変えればよいし、独立することも起業することもできる。
生まれ育った場所が気に入らなければ、自分に合った場所を探して引っ越せばよい。
となると血縁も地縁も職縁も、もはや人々を縛ることはできない。
人々は自分で自分に合った「縁」を選び、そこで生活することになるわけだ。
そしてこういう自ら縁を選んで生きる時代になると、積極的に他人とつきあおうとする人が増え、たくさんのクラスターが生まれることになる。
クラスターとは、このサイトでは、何らかの価値観や知識を共有する人の集まりだと定義したが、要するに「似た考えの持ち主で集まる」ということだ。
似たような考えの持ち主が集まって、情報を交換しあったり、助け合うというイメージだ。
、このような社会をどう呼べばよいか様々な案があるようだが、このサイトではとりあえず「多縁・連帯社会」と呼ぶことにする。
多縁・連帯社会とは、自分で縁を選んだり結んだりして、気の合う者同士で連帯して生きる社会という意味だ。
伝統的な血縁社会や地縁・職縁社会が上下関係を重んじ、強制的な規則や拘束力で成り立つのに対し、多縁・連帯社会は自発的な行動と、対等な関係を中心に展開する。
伝統的な血縁社会や地縁・職縁社会では、主な所属グループは1つに絞られ、自分に割り当てられた仕事だけしておればよいが、多縁・連帯社会では、複数のグループに所属することになり、グループ内で積極的な活動が求められる。
クラスターのできかた
多縁・連帯社会は、自分で縁を選び、自発的な行動で縁を結ぶ社会だ。
これは自由経済や民主主義の発展に付随して起こったものだと考えれば、わかりやすいかも。
統制経済は自由経済に比べて、多くの制約があり硬直化しやすいが、伝統社会ではそれが息苦しさを生み、生産性向上も図れず経済が停滞する。
伝統社会では自分の考えや価値観に基づいて行動できず、腰の重い年寄りを動かさないと何も進まないが、多縁・連帯社会では逆に、どんどん動かないと話にならない。
では、どのように縁ができ、縁が結ばれていくのか。
クチコミはこうしてつくられるのテキストでは、ネットワークの原理その2として、「同類は集いやすい」というのがある。
たとえば小学生を持つ家族同士は、話しやすい。
たいていの子供は近くの小学校に通うので生活圏が同じだし、子供の年齢が同じだと親も似た年齢になることが多く、関心事も似たような物になるからだ。
またお金持ちはお金持ちで集まりやすいし、貧乏人は貧乏人で集まりやすい。
これらも生活水準によって、話す内容や興味・関心の対象や方向性が変わってくると言うことだろう。
また同じ趣味を持つ人間同士は集いやすい。
釣りファンは、釣り道具屋や良い釣り堀に集まるし、ゴルフファンは、お気に入りのプロゴルファーのイベントに集まる。
阪神タイガースファンは、甲子園や道頓堀に集まるし、AKB48ファンは劇場やイベント会場周辺をウロウロする。
インターネット上のコミュニティを見れば、無数のコミュニティがあり、毎日様々な会話が飛び交っているが、そういうところでも同類が集まっている。
NEXT:同類や同じ目標を持つ者はつながりやすい